先進計測チーム

概要

流体中の物体に働く圧力や摩擦応力,温度は航空機・鉄道・自動車など乗り物の設計時に欠かせない状態量です.それらの状態量を計測することにより,境界層遷移や渦の放出,衝撃波などの流体現象を理解することができます.当研究室ではデータ駆動科学を用いて時間分解能や空間分解能を向上させる超解像計測や機能性分子センサと用いて状態量を可視化・計測する分子イメージングの研究をしています.

超解像計測

実験計測は年々高度化し,高速化・高解像度化が進んできました.しかしながら依然として超音速乱流など高速かつ高解像度の計測が必要な流れ場に関しては課題が残っています.非定常圧力センサなどの点センサは非常に高速なサンプリングが可能で時間解像度が高い計測が可能ですが多点計測を行ったとしても乱流のような微細な構造は到底捕捉できません.一方,感圧塗料やPIV計測など高速度カメラを用いた計測は高空間解像度の計測が可能ですがサンプリング速度は点センサと比較して遅く時間解像度は低いものとなっています.そこで,データ駆動科学の技術を応用し,空間解像度は低いが時間解像度が高い点センサと高解像度計測が可能だが低時間解像度の計測を組み合わせることで高時空間解像度の計測を実現することを目的にしています.

1.BOS法を用いた超音速噴流の3次元密度場再構成

ロケットエンジンや超音速航空機のエンジンからは,音速より速い超音速噴流が噴出され,非常に強い音響波が発生します.この音響波の発生には乱流構造と衝撃波の干渉や,せん断層で成長する乱流構造などの非定常乱流現象が関わっています.本研究では,超音速噴流の流体現象を詳細に明らかにするため,Three-Dimensional Background Oriented Schlieren(3D-BOS)法を用いて立体的な流体現象を可視化します.現在は,データ駆動科学技術を3D-BOS法に適用することで時間解像度及び空間解像度の双方が高い3次元密度場再構築の研究を進めています.

BOS試験の実験セットアップ
三次元再構成された密度場(ダブルパルス可計測)

2.時間解像音響計測と非時間解像PIV計測による速度場の時間超解像計測

超高速な物理現象を,高精細かつ連続的に撮影できる高速度カメラは,物理を解き明かすための強力なデバイスの1つです.しかし,最新鋭の高速度カメラをもってしても撮影速度が十分とは言い難く,さらなる高速化が望まれます.本研究では,画像計測と音響計測の2つの異なる同時計測データに対して,圧縮センシングと呼ばれる少ない観測データから元の情報を復元する信号処理を適用することで,撮影速度の向上と計測空間の大幅な拡張を実現する時空間超解像計測技術を開発しました.当技術は,時間解像度は高いが空間解像度が低い点センサと,空間解像度は高いが時間解像度が低い高速度カメラの撮影画像を,低次元モデルで融合し,時間と空間の解像度を両立した画像を再構成します.これを超音速ジェット噴流の速度場計測と音響計測に適用し,これまで計測が難しかった速度場の変動を連続的な画像として50倍の撮影速度で再構成することに成功しています.
この技術には汎用性があり,種々の可視化手法と点センサを組み合わせることで,流体力学に限らず様々な分野の超高速・複雑現象の理解を飛躍的に発展させることが期待できます.

3.時間解像音響計測と非時間解像PIV計測による三次元速度場の時間超解像計測

3次元非定常流体場計測は,高時間解像度かつ高空間解像度の複数の高速カメラが必要です.特に,超音速のような非常に速い流れの三次元計測は,上述のような計測機器の技術的課題に加えてコストの問題も顕在化します.この問題を解決するために,上述の手法を噴流のの周方向モードの特性を加味して拡張しました.これより,これまで計測でできなかった時間解像された超音速噴流の三次元流速変動速度場を再構成することができます.

分子イメージング

感圧・感温塗料(PSP・TSP)計測や蛍光油膜(GLOF)法など,蛍光・燐光を発する機能性分子センサ応用し状態量を面計測する技術を開発しています.近年は時間的に変動する「非定常流体現象」を対象とし,様々な速度域において高精度かつ高時空間分解能の計測を実現するために研究を進めています.以下では,PSP と GLOF の研究内容を紹介します.

1.低表面粗さ高速応答PSPの開発

従来の塗装型高速応答 PSP は表面粗さが大きく流体現象に影響を与えるため,産業界での試験や数値計算との対比には用いることができませんでした.そこで,自動較正装置や音響共鳴管,レーザ顕微鏡などPSP開発を支援する装置を独自に製作・導入し,「低表面粗さ」と「高速応答性」を両立する塗装型PSPを開発してきました.学術研究だけでなく,低表面粗さ高速応答PSPの工業製品開発への適用に向けてさらなる改良も行っています.さらに,陽極酸化皮膜を用いるAA-PSPの改良を行い,10 kHzを超える超高速の流体現象の計測に向けて研究を行っています.

2.低速風洞試験への非定常 PSP 計測の適用

低速風洞試験においては圧力変動が数Pa-数百Pa程度であり,通常の非定常PSP計測では十分な信号雑音比を得ることができません.本研究室では,小振幅の圧力変動に対しても十分な発光強度変化を得られるPSPの開発および後処理法による信号雑音比の改善を行い,低速流れにおいて角柱から放出されるカルマン渦に起因した圧力変動を定量計測することに成功しました.現在は,空力音響を含むさらに高周波数かつ小振幅の現象を計測するための技術開発を進めています.また,特異値分解やカルマンフィルタなどデータ駆動型のノイズ除去手法の適用・開発も進めており,計測と後処理の両面からPSP計測の適用領域の拡大を図っています.

PSP を用いた角柱後方のカルマン渦による圧力変動の可視化

3.低表面粗さ高速応答型 PSP を用いた旅客機主翼上の非定常圧力分布の計測 (JAXA との共同研究)

航空機が遷音速 (音速付近) で飛行すると翼の上に衝撃波が生じます.この衝撃波は航空機に働く抵抗を増大させるだけでなく飛行状態によっては航空機に有害な振動をもたらす「遷音速バフェット」という現象を引き起こします.本研究室では,JAXA との共同研究で新規開発した低表面粗さ高速応答型 PSP 用いて旅客機模型の主翼面上の圧力分布を計測し,遷音速バフェット時の非定常圧力分布の定量計測に成功しました.現在は,このデータを基に三次元翼上遷音速バフェットの現象解明に向け解析を行っています.

独自に開発したPSPを用いた遷音速バフェットの可視化(左:時間平均圧力分布,右:圧力変動成分)

4.蛍光油膜法を用いた摩擦応力場の可視化および計測

巡行時の航空機に働く摩擦抵抗や境界層の遷移や剥離・再付着などの現象を計測・理解するためには,物体表面の摩擦応力の分布やその構造(トポロジー)を知ることが肝要です.しかし従来の計測手法は点計測であり分布を計測することは困難でした.近年,TSP画像から得られた熱流束場や蛍光油膜による壁面近傍流れの可視化(Global Luminescent Oil Film visualization, GLOF)で得られた画像を解析することでせん断応力ベクトル場を算出する手法が考案され,壁面摩擦応力場の面計測への適用が期待されています.当研究室では,GLOFの新たな解析手法を開発することで信頼度の高い摩擦応力場を計測する手法の確立を目指しています.さらに,開発された画像解析手法を様々な流れ場に適用し,現象の解明を行っています.Source codeはこちら

低アスペクト比翼型のGLOF画像(左)から,画像解析により得られた表面摩擦応力分布(右)
TSPによる温度場計測実験の模式図(左)と計算した熱流束の時間変動場から推定した表面摩擦応力分布(右)

5.データ駆動型低次元モデルとの融合

感圧塗料は面計測が可能なためスパースセンシングとの親和性が非常に高いです.下図の例では,車体表面の圧力場データを取得し,圧力分布の低次元モデルの構築と最適なセンシング位置の選定を事前に行います.そして,実際の運用時にはそれらを用いて,数点の半導体圧力センサーの情報から車体表面の圧力分布や車体周りの風向を高精度に推定します.車体に多数の半導体センサーを埋め込む従来の方法とは全く異なる新しい手法で,市販車への実装を容易にできる可能性があります.この技術により,走行中の自動車表面の風圧分布や周囲の風向を瞬時に推定することで,自動運転車の突風に対する安定性の向上や,隊列走行するトラック車列に対して空気抵抗を低減する隊列形態の制御を行うことにより燃費の改善などが期待されます.

感圧塗料とデータ駆動型低次元モデルを組み合わせたスパース再構成の例(簡易自動車模型)